マイクロインイクイティ
マイクロインイクイティ(Microinequity)とは、「日常的な行動や言動の中で、無意識に特定の個人などが軽視される現象」を指します。
この概念を提唱したマサチューセッツ工科大学のメアリー・ロウ教授(Mary Rowe)は、 マイクロインイクイティを、「小さな、時に瞬間的で証明が難しい出来事であり、ある人が『異なる』と見なされる場合に発生する、ほとんどが無意識でしばしば認識されない行動」と定義しています。
これらの行動は、表面的には無害に見えることが多く見過ごされがちですが、繰り返されることで受け手に疎外感や自己肯定感の低下をもたらします。放置しておくことで心理的安全の阻害や関係性の悪化、マイノリティであるメンバーの自己肯定感が低下するなど、職場における環境に悪影響を与えます。
マイクロインイクイティの具体例
組織におけるマイクロインイクイティの具体例としては下記があげられます。
- 会議で発言を無視される
特定の人が発言した際、その意見が無視されたり、別の誰かが同じ意見を述べた際に初めて評価される。 - 特定の人に対して1対1のミーティングに遅れる・時間を短縮する
ある人との1対1のミーティングに頻繁に遅刻する一方で、他のメンバーとのミーティングには時間通りに出席する。また他のメンバーに比べて相対的に短い時間が設定される。 - 繰り返し名前を間違える
相手の 名前を頻繁に間違えたり、正しく発音しないことが、その人の価値を軽んじているというメッセージを伝える。 - 実力に合わない簡単な仕事を割り当てる
その人個人の能力や実力と比較して「簡単な仕事」だけを任せ、成長や能力向上の機会を制限する。 - 内輪の話題 で盛り上がる
全員が理解できない内輪の話題や略語を使うことで、特定のグループを除外する。 - メールやメッセージに返信しない
特定の人のメールやメッセージにしばしば返信しない、またはその人の意見を軽視する。 - 会議で視線を合わせない
会議中にある人の発言時に視線を合わせず、他の人の意見の時だけ関心を示す。 - 部下の功績を他の人に与える
部下が達成した成果を他のチームメンバーの功績として発表する。 - 適切なフィードバックを与えない
特定の従業員にだけフィードバックを与えず、成長や改善の機会を奪う。 - 感謝や賞賛を控える
成功したプロジェクトやタスクに対して、特定の従業員だけに感謝や称賛をしない
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)との違い
アンコンシャス・バイアスは、自分自身では気づいていない「ものの見方やとらえ方の歪みや偏り」を指します。マイクロインイクイティは、これらの無意識の偏見が具体的な行動に表れた果てに生じることが多く、その結果として特定の個人が軽視されることになります。
マイクロアグレッション(自覚なき差別)との違い
マイクロアグレッションとは「特定の人や集団を侮蔑するアンコンシャス・バイアスが含まれた言動が否定的なメッセージとして伝わり、意図せず誰かを傷つけてしまう言動」をさします。意識的または無意識に行われる攻撃的な言動や態度を指し、特にマイノリティグループに対して行われることが一般的です。
一方で、マイクロインイクイティはマイクロアグレッションよりもさらに微細な言動を意味しています。特定の個人に対する「無視」や「軽視」が繰り返される状況であり、不快な感情を抱かせるものではありますが、悪意や差別的な言動とまでは特定されにくいことが多くあります。
マイクロインイクイティは差別やハラスメントになるか
マイクロインイクイティは明白な差別行為とは異なり、しばしば無意識で行われる点が特徴です。しかし、これらの行為は結果的に受け手に差別的な影響をもたらすことがあります。マイクロインイクイティは表面的に無害に見えるため、問題として認識されにくいのが特徴です。
たとえば、ある特定の人物の名前を繰り返し間違えたり、重要な情報を共有しなかったりすることが長期的に続く場合、その人物を軽く扱っているというメッセージになったり、排除しているような印象を与えることになります。マイクロインイクイティを長期間受け続けると、自分は能力がないという想いに囚われたり、頑張っても認めてもらえない、という無力感にとらわれるなど、本人の自己肯定感や自己効力感を減少させることにつながる恐れがあります。
マイクロインイクイティの対処法
マイクロインイクイティは、お互いの力関係や特定の関係性においてみられるものであり、多様な属性の社員がともに働く組織においては、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)推進において対処すべき課題だと言えます。
マイクロインイクイティは、その行為を行う人だけでなく、それを受ける人や周囲の人々にとっても自覚することが難しく、対処しづらいものですが、、マイクロインイクイティについて知識や理解を深め、小さな行動を積み重ねることで、その影響を軽減することが可能となります。
- 組織全体に対する理解促進
マイクロインイクイティを認識し、その影響を理解し意識を高めていくためには組織全体に対する教育や研修が不可欠です。全社員に対して、こうした行動が存在すること、そしてそれがどのように職場環境や心理的安全性に悪影響を及ぼすか理解を促します。また、マイクロインイクイティの被害を受けた場合や、それを目撃した場合に、従業員が安心して報告できる仕組みを作ります。匿名での報告制度を設けたり、オープンな対話を奨励する風土づくりも効果があります。 - 多様な属性・立場の違いを超えたコミュニケーションの奨励
マイクロインイクイティは相手との関係性が少ない時、あるいは相手への理解が不足している時、関係性が固定化された時などにより大きな問題となって現れます。
組織の中で多様な人が交流するような「場」を作り、お互いを理解し、尊重する機会を持つことが重要です。また、仕事や私生活において、 相手への評価や感謝を ちょっとした行為で伝えることをマイクロアファメーション(小さな肯定)と言いますが、日常の中でマイクロアファメ―ションを行うことも効果的です。
感謝やねぎらいの言葉をかける、相手の目を見てうなづく、名前をしっかり呼ぶ、知らない人にも笑顔で「おはようございます」とあいさつをするなど、ちょっとした好意的なコミュニケーションを日頃から行うことも、マイクロインイクイティの防止につながります。 - リーダーの積極的な関与
リーダーは、こうした問題が組織内で発生しないように積極的に行動し、必要に応じて責任を持って問題を解決する役割を担います。リーダーは自分自身がマイクロインイクイティの含まれた言動をしていないか、自らを振り返りながら、マイクロインイクイティに毅然とした態度で向き合い、積極的に対処する姿勢を持つことが重要です。
参考文献、HP
● Rowe, Mary. “The quiet discrimination of microinequities: A Q&A with Adjunct Professor Mary Rowe.” MIT Sloan. 2016-02-03. https://mitsloan.mit.edu/ideas-made-to-matter/quiet-discrimination-microinequities-a-qa-adjunct-professor-mary-rowe, (参照2024-10-04).
● “The Impact of Microinequities and Microaggressions in the Workplace.” TrainingABC. https://www.trainingabc.com/the-impact-of-microinequities-and-microaggressions-in-the-workplace, (参照2024-10-04).
● “How to Spot and Prevent Microinequities at Work.” Indeed. https://www.indeed.com/career-advice/career-development/microinequities, (参照2024-10-04).
● Fowler, Nicola. “The Hidden Barriers to Inclusion: Micro-Inequities in the Workplace.” Maze Training. 2024-02-15. https://www.mazetraining.com/the-hidden-barriers-to-inclusion, (参照2024-10-04).